私の心が壊れるまで ―あの日のこと①―

出向前に、私は出向前にいた部署(=元部署)の部長(=押付部長)に、
確認していたことがありました。

終電の時間の都合で遅くまで残ることができないこと、
もし間に合わない場合はどうするのか、という点です。

そのとき押付部長からの返事は、
「急ぎの仕事に対応して、タクシーで帰ってもらって構わない」
というものでした。

この言葉があったからこそ、
遅くなる可能性については大きな不安を感じることなく、
出向を受け入れていました。


ある日、出向先の責任者(=軍曹)から、
「これを今日中に」と指示された仕事がありました。

その時点で定時は過ぎており、
内容的にも簡単に終わるものではありませんでした。

それでも、なんとか終わらせなければと思い、作業を続けました。


23時頃だったと思います。

軍曹から「帰れるの?」と聞かれました。

もう23時だけど、と思いましたが、
すでに終電には間に合わない時間であり、作業もまだ残っていたため、

「もう終電に間に合わないので、タクシーで帰ります」

と伝えました。

帰りを気にかける言葉ではありましたが、
その裏にある「まだ?」という無言の圧力を感じました。

私の返答に対して特に何か言われることはなく、
そのまま作業は続きました。

もっとも、「終電があるので、、」と、
自分から言い出せる雰囲気ではありませんでした。

仕事が終わり、会社を出たのは24時頃でした。

終着駅まで電車に乗り、そこからタクシーで帰宅しました。
タクシー代は4,000円ほどでした。

安くはありませんでしたが、疲れていたことや、
事前にタクシーを使ってもいいと言われていたこともあり、
このときは深く考えることはありませんでした。


翌日、出社後に押付部長へ状況を報告しました。

すると返ってきたのは、

「出向先の事情で残業したんだから、そっちに請求して」

という言葉でした。

出向の打診を受けた際に確認し、
タクシーを使ってよいと言われていたことを伝えましたが、

「こちらの部署では出さない」

の一点張りでした。

そのまま請求用のフォームがメールで送られてきて、
「タクシー代が必要なら、修羅部署に請求するから、ハンコをもらってきて」
と言われました。

出向という形ではありましたが、
元部署に在籍したまま、修羅部署の居室内で勤務している状態でした。

他の課では、業務都合の場合、課の経費として処理していると聞いていました。
そのことも伝えましたが、状況は変わりませんでした。

その後も返答が変わることはなく、
「会議だから」と言って話は打ち切られました。


私は、軍曹にハンコをもらいに行きました。

「昨日、タクシーで帰宅したため、申し訳ございませんが、
こちらにハンコをいただけないでしょうか」

書類に目を通すなり、

「え?なにこれ?」

と、あからさまに嫌な顔をされました。

その後、事情の説明や問答がありました。
私が悪いことをしたかのようなやり取りに、
「もういいです」と言おうかとも思いました。

10分から15分ほどのやり取りでしたが、とても長く感じました。


ようやくハンコをもらい、自席へ戻りました。

そこに、経理の方が書類を取りに来てくれました。

どうやら元部署でも話題になっていたようでした。

「大変だったね。仕事を終わらせようと頑張ったのに、こんな扱いを受けて」

「ちゃんと精算手続きしておくからね」

そのとき初めて、少しだけ気持ちが軽くなったのを覚えています。


後日、押付部長が出向先へ来て、軍曹と何か話をしていました。

その後、私のところへ来て、

・請求したことについて(押付部長が軍曹に)謝罪したこと
・今後も元部署からタクシー代は出さないこと
・タクシー代が必要であれば、今後も自分で請求すること

を伝えられました。

これは、請求をするなという無言の圧力に他なりませんでした。

交渉をしてくれていたわけではありませんでした。


それ以降も状況が変わることはありませんでした。

むしろ、同じような場面になっても帰りのことを言われることはなく、
私からも言い出すことはできませんでした。

終電を逃したときは、途中の駅から1時間半ほどかけて歩いて帰りました。
家に着くのはいつも深夜2時を回っています。
それが2日続いたこともありました。

それでも、翌日はまた同じように仕事に向かいます。

入社して数年の私には、タクシー代を自分で負担するという選択は、
できませんでした。


後に、押付部長が若いころ、軍曹のもとで働いており、
上司と部下の関係であったことを知りました。

現在もその関係性が続いているようで、
今回の出来事も含めて、そうした関係が影響しているのではないか、
と感じる場面がありました。


この出来事があってから、
私は「言っても変わらない」「力がなければ押し付けられる」
と感じるようになりました。