私の心が壊れるまで ―体調の異変―

出向先(=修羅部署)で勤務し始めて数か月、
少しずつ体調に変化が出始めました。

仕事に対するプレッシャーや出向先の雰囲気などから、
強いストレスを感じていたのだと思います。

生活も、少しずつ不規則になっていきました。
そして、体調に異変をきたすようになりました。


飲酒と睡眠

もともとお酒は、たしなむ程度で、
飲み会があれば周りと同じように飲むといった感じでした。

ですが、修羅部署に配属されてから、
夜、眠ることができなくなっていきました。

「指示された通りにできているだろうか」
「間違っていないだろうか」

最初は、その日の仕事に対する不安でしたが、
次第に内容が変わっていきます。

「また明日も何か言われるのではないか」
「寝てしまうと、また明日が来てしまう」

それでも、寝なければ体力は持ちません。

ビール1本から始まり、少しずつ量は増えていき、
ビールを3〜4本飲み、焼酎をロックで飲むようになります。

眠るというよりは、倒れる、という感覚でした。

そして数時間後には目が覚めます。
外はまだ薄暗い、でも再び眠ることもできません。
「また仕事が始まる」
覚醒した状態だと思います。

そんな生活が続きました。


頭痛と吐き気

仕事中に吐き気が出ることは、日常的になっていました。
トイレに駆け込むことも何度もありました。

飲酒の影響かとも思いましたが、
午前・午後・定時後、時間は関係ありませんでした。

胃薬や頭痛薬は常に持ち歩き、
なくなると不安になる、そんな状態でした。


顔の痙攣

仕事中に限らず、休みの日でも、
目の下から頬にかけて、痙攣が頻繁に起きるようになりました。

もちろん自分の意思とは関係ありません。

人と話しているときに
「大丈夫?」と声をかけられることもあり、
周りから見ても異変はわかる状態だったのだと思います。


口が開かない

気がついた頃には、
口がほとんど開かなくなっていました。

指が1本入るかどうか、
その程度だったと思います。

まともに食事をとることができず、
食べられるのは麺類が中心になっていました。

その食生活の中でカップラーメンのカレー味を食べたとき、
はじめて味覚の異変に気づきました。

さすがに生活に支障が出たため病院を受診し、
顎関節症と診断されました。

自覚はありませんでしたが、
寝ている間の歯ぎしりがひどかったようで、
これが原因ではないかと言われました。


味覚

カレー味のカップラーメンを食べたときのことです。

匂いはカレー、味も(薄い?)カレーのようなもの。
ただ、「辛い」という感覚がありませんでした。

製造ミスか?と思いながら一味をかけてみましたが、
何も変わりません。

最終的には瓶の半分ほど入れましたが、
「辛さ」を感じることは最後までありませんでした。

当然、そのような食べ方をしたことで、
胃の調子は悪くなりました。

このことを出向先の先輩(=しごでき先輩)に相談すると、
「大丈夫、俺は甘みを感じないから(笑)」と言われました。

チョコレートを食べても、
ぶにゅぶにゅした、よくわからないものを食べている感覚だそうです。

それを聞いたとき、
自分より大変そうなしごでき先輩が頑張っているのに、
自分が弱音を吐いてはいけない、
そう思うようになりました。

それ以降、自分の体調について相談することはなくなりました。


手足のしびれ

正座をしたときのような強いしびれではありませんが、
手や足の指先が常にピリピリしている状態でした。

歩けないわけでも、物が持てないわけでもないので、
生活に大きな支障があるわけではありませんでした。

ただ、1日の半分以上はその症状が出ていて、
いつしかそれが当たり前になっていました。


当時の私は、
最初はどの症状も「おかしいかもしれない」と感じていました。

ですが、少しずつそれが当たり前になり、
気がつけば「これが普通なのかもしれない」と思うようになっていました。

中でも一番つらかったのは、不眠でした。

眠らなければ仕事に支障が出る。
でも、眠ってしまえばまた明日が来てしまう。

体調だけでなく、
精神的にも追い詰められていたのだと思います。

仕事中は常に納期に追われ、
気を抜くことはできませんでした。

ミスをしないことだけを考え、
なんとか業務をこなしていましたが、
家に帰ってからも
「本当に大丈夫だっただろうか」と考え続けていました。

周囲から「痩せた?」と言われることもありましたが、
それまでも言われることはあったため、
特に気にすることはありませんでした。

限界と感じる前から、
元部署の上司には状況を相談し、改善のお願いはしていました。

また、押付部長と話をする機会があるたびに伝えていましたが、
まともに聞いてもらえることはありませんでした。

認められたいとか、評価されたいという気持ちよりも、
完璧でなければ、また何か言われる。

完璧であることが、
自分を守るための手段になっていました。

私は、異変を二の次にして働き続けていました。