心が壊れた日 ―週明けの出社― 

いつもより早く目が覚めました。
出向先に行かなくていいという安心感と、
どんな顔をして行けばいいのか、周りにどう思われるだろうか。
そうした考えで、頭の中がいっぱいでした。


会社には始業の30分前に着きました。
誰にも顔を合わせたくない。
そう思っていたからでした。

とは言え、先週まで出向先にいたので、
出向前にいた部署(=元部署)に席なんてないだろう、
そう思っていました。

どうしていいかわからず、
出向前にいたチームの場所に向かいました。

すると、上司(=海外上司)の席の前に、
私の席が用意されていました。

後から知ったことですが、海外上司が電話をくれたあと、
先輩たちが、私の席を調整し、準備をしてくれていました。

そして海外上司はすでに出社していました。

「大丈夫か?」
ひとこと、声をかけてくれました。

「すみません、ご迷惑をおかけして。」

気まずさもあって、それ以降言葉は交わせませんでした。


始業後、すぐに会議室に呼ばれました。
課長(=保身課長)と海外上司、そして私の3人でした。
部長(=押付部長)はいませんでした。

今の私の状況を伝え、今後の業務についての話がありました。
電話で伝えられたとおり、今日から海外上司のもとで
業務に就くことになりました。

電話では伝えられていたものの、直接聞かされ、
嘘ではなかったんだと、少しほっとしました。

一方で、気になっていたことがありました。
出向先に残っている私の荷物のことでした。

自分で取りに行けるような心身の状態ではありません。
ですが、そのことを切り出すこともできないまま、
話は終わりました。

席に戻って数分もしないうちだったと思います。

元部署の先輩数人と、
出向先の先輩(=しごでき先輩)が、
私の荷物を持って戻ってきてくれました。

しごでき先輩には迷惑をかけていたにも関わらず、
「大丈夫だった?」と声をかけてくれました。

怒られるというか、愛想をつかされたのでは、という思いもあって、
話しかけてくれた安堵と、今の状況に対する申し訳なさ、
いろんな感情がありました。


席の周りを整え、午前中は終わりました。
午後からは通常業務に戻りました。

出向先ではないものの、先週までのことが頭にないわけではありません。

突如、自分は何をやっているのか、これでいいのか、
大変なことをしてしまったのではないか、
今やっていることは間違っていないか、そんな思いが一気に巡ります。

体が熱くなる感じや、心拍の上昇、ふわっとする感じ。
うまく言えませんが、こんな感覚が襲ってきます。

席を外し、処方された薬を飲みました。
一人になれる場所を探して、数十分、
すっと気持ちが落ち着いた気がしました。

与えられた仕事に対するものではなく、
仕事をするという状況に対して、
体が反応していたのだと思います。

ですが、何とかこの日を終え、退社することができました。


この状態は1か月ほど続きました。
特に最初の1週間は席についていることすら、
しんどかったです。

ですが、徐々に回数は減っていき、出向先(=修羅部署)にいたときの、
体の不調も落ち着いてきました。

それ以降も、まったく無くなったわけでも、
出向前の心身の状態に戻ったわけでもありません。

ですが、業務に支障のない状態まで回復していきました。

当時の自分は、精神科というものに、どこか距離を感じていたと思います。
だから、まさか自分がそうなるわけがない、という感覚がありました。

今こうなっている自分の状態を、信じられない。
信じたくない、というのが正直な思いでした。

周りからの目もすごく怖かったです。
ですが、いざ出社してみると、海外上司を含め、
そんな雰囲気はありませんでした。

本当は大変だったのかもしれませんが、
それを私に感じさせないようにしてくれていたのだと思います。

そこから3年ほど、たまに体調不良はあるものの、大きな崩れもなく、
今まで通りと何ら変わらず、業務を行っていました。

ですが、根本となる性格の部分は簡単に変えることができません。

そこから約3年後、再び環境や言葉に影響を受ける中で、
気持ちは崩れていきます。

そして、最終的に「診断書」が出されることになります。