その日は突然やってきました。
いつもと変わらず、いつもの時間に起きました。
気持ちは重たかったですが、それも含めて日常で、いつものことでした。
それに、金曜日であればいつも、
「今日を乗り切れば休みだ」と思って、なんとか自分を動かしていました。
ですが、その日は違いました。
いつも通り家を出て、バス停に向かい、バスを待っていました。
少しして、バスが見えてきました。
行き先表示が一番に目に入ります。
その瞬間、急に時間がゆっくり進む感覚になりました。
この感覚は今でも覚えています。
わずか数十メートル先のバスが、バス停に来るまで、
とても長い時間のように感じました。
バスの乗り口が開きました。
「これに乗ったら、もう帰ってこれない」
その感覚で、頭の中がいっぱいになりました。
体が動きません。
その一方で、
「会社に行かないと迷惑がかかる」
という思いもありました。
ですが、足は一歩も動くことができません。
「乗りませんか?出発しますよ?」
バスの扉は閉まりました。
その場から動くことができませんでした。
帰ることもできないまま、その場で時間が過ぎていきました。
次のバスが来ましたが、やはり乗ることができませんでした。
時間だけが過ぎ、どうすることもできません。
「もう無理だ、、」と悟り、
家に帰ることを決めました。
家に帰ると、「忘れ物?」と妻に聞かれました。
「・・・会社、行けなかった」
悲しいわけでもないのに、涙が出て止まりませんでした。
ただ、無断で休むわけにはいかない、という思いがありました。
会社には連絡することが怖くて、
出向先の先輩(=しごでき先輩)に電話をしました。
「すみません、会社にいけませんでした。もう限界です」
しごでき先輩は、
「大丈夫?俺のことは気にしなくていいから。とりあえず今日は休んで」
「会社には連絡した?しんどかったら俺から言っておくから」
と、言ってくれました。
いつもの私なら、
「自分で会社に電話します」と言えていたと思います。
でも、このときは、その気力もありませんでした。
「すみません、お願いさせてください。」
そう伝えて、電話を切りました。
そのあとは、何も考えることができませんでした。
ただ、放心状態で、何も考えられないはずなのに、
時々涙が出ました。
2、3時間ほどして、少し落ち着いたこともあり、
妻に促されて病院へ行くことにしました。
ですが、どこの病院がいいのかもわからず、
とりあえず一番近い病院を調べました。
待合室には数人いました。
とにかく人目が気になりずっと下を向いていました。
状況を話したことは覚えていますが、診断の内容までは覚えていません。
ただ、「今の環境を変えてもらうように上司に言ってください」
(それが出来ないからこうなったのに...)
そんなことを言われた記憶があります。
「また何かあったら来てください」
そう告げられ、薬が処方されました。
(※病院や先生選びは、とても重要だと受診して思いました。)
15時頃だったと思います。
会社から電話がありました。
電話に出るのは、正直怖かったです。
押付部長からではないか、という怖さです。
それでも、自分で直接連絡できていなかった後ろめたさもあって、
電話に出ました。
電話は、出向前にいた部署(=元部署)の課長(=保身課長)からでした。
「どう?大丈夫?」
重たい感じではなく、いつもと変わらない口調でした。
休んだことへの申し訳なさ、このような状況になったことに対して、
謝りました。
そのあと、病院に行ったこと、診察を受けて薬が出たことを伝えました。
もちろん、環境を変えるように言われたことも、です。
ただ、これまでのことや、これからのことについて何か言われることもなく、
電話はものの数分で終わりました。
それから1時間くらいたったでしょうか。
また会社から電話がかかってきました。
一度電話には出ましたが、やはり怖さがありました。
出るのを躊躇していると電話は切れましたが、
数分後にまたかかってきました。
逃げるわけにはいかない。
そう思って、電話に出ました。
元部署の上司(=海外上司)からでした。
詳しくははっきり覚えていませんが、
申し訳ない、というような言葉と、
もう出向先には行かなくていいこと、
自分のもとで業務ができるようにすること、
仕事も用意すること、
そして、
「月曜日、頑張って出てこれないだろうか。」
そう言われました。
海外上司は入社時から面倒を見てくれていて、
目標とする存在でもあったので、素直に嬉しかったです。
その一方で、「もう行きたくない」という思いもありました。
それでも、
「・・・行きます。ありがとうございます。」
そう答えて、電話を切りました。
電話が終わったことに対する安堵と同時に、
まったく別の思いが出てきました。
どういう顔をして会社に行けばいいのだろうか。
おかしくなった人間。
弱音を吐いた人間。
出向先に行かなくてよくなった安心と、
どんな目で見られるだろうか、
という別の怖さが出てきたのを覚えています。
週末の記憶は、ほとんどありません。
処方された薬を飲んでいたからかもしれません。
気がついたら時間が過ぎていた、そんな感覚でした。
ただ、月曜日、どういう顔をして会社に行けばいいのか。
周りにどう思われるのか。
そのことをずっと考えていました。
そして何より、
押付部長に、また何か言われるかもしれない。
その怖さが、一番ありました。