あいかわらず、状況は変わりませんでした。
むしろ、悪くなっていたのだと思います。
それでも、私は働き続けていました。
今振り返ると、「なぜあのとき辞めなかったのか」と思うことがあります。
ただ、当時の自分には、それをうまく説明する言葉がありませんでした。
後になって考えると、いくつか理由があったように思います。
ひとつは、辞めるという選択肢を現実的に考えられなかったことです。
当時はまだ入社して数年目で、
経験や実績があるとは言えない状況でした。
この状態で環境を変えても、
うまくやっていけるのかという不安がありました。
さらに、当時は今ほど転職が一般的ではなく、
途中で環境を変えること自体に、
慎重な見方があったように感じていました。
また、家庭のこともあり、
簡単に仕事を手放すという決断に至ることができませんでした。
そして何より、辞めると会社に迷惑がかかるのではないかという思いと、
それを伝えると押付部長に「じゃあ代わりはどうするんだ!」と
叱責されるのではないかという恐れがありました。
また、周囲と比べてしまっていたことも影響していたと思います。
自分よりも長く働いている先輩がいて、
忙しい中でも業務をこなしていました。
その姿を見ていると、
この程度でつらいと感じること自体が、
適切ではないのではないかと思っていました。
辞めたいと感じることも、
口に出すべきではないように感じていました。
さらに、当時の自分は、
頑張ればなんとかなるのではないかと思っていました。
もちろん根拠があったわけではありません。
仕事ができるようになれば、
少しは慣れてきて、心身への負担も減るのではないかと考えていました。
まだ頑張りが足りないのではないか、
できていない自分が周囲に迷惑をかけているのではないか、
という思いもありました。
そのため、まずは自分ができるようになることが必要だと感じていました。
一方で、どれだけSOSを出しても、
環境が変わることはありませんでした。
誰かに助けてもらえる感覚もなく、
当時の自分にとっては、
頑張ることしか自分にはできない、という感覚になっていきました。
当時の自分にとっての「頑張る」は、
何かを達成するためのものではありませんでした。
評価されたい、結果を出したい、というよりも、
怒られないようにする、波風を立てない、
という意識のほうが強くありました。
うまくできていない状態のままでいることに、
強い不安を感じていました。
そのため、できる限りミスを減らし、
指摘を受けない状態に近づけることに意識が向いていました。
いわゆる完璧にこなすことが目的というよりも、
そうしていないと落ち着かない、という感覚に近かったと思います。
自分の状態についても、心身ともに把握できていなかったと思います。
自分のことよりも、周囲のことを優先する状態になっていました。
トイレで嘔吐することや、味覚に違和感が出ることがあっても、
とにかく頑張るしかない、そう思っていました。
立ち止まることもなく、
今日も耐えた、今日も耐えたと、
そうやって日々を過ごしていました。
結果として、
いつの間にか限界を超えていたのだと思います。
ただ、そのときの自分には、限界だという認識はなく、
会社に行けなくなる日まで、気づくことはありませんでした。
今でも、いつ限界を超えていたのかは、
思い返しても分からないままです。