私の心が壊れるまで ―頑張り続けた理由―
あいかわらず、状況は変わりませんでした。むしろ、悪くなっていたのだと思います。それでも、私は働き続けていました。 今振り返ると、「なぜあのとき辞めなかったのか」と思うことがあります。ただ、当時の自分には、それをうまく説明…
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あいかわらず、状況は変わりませんでした。むしろ、悪くなっていたのだと思います。それでも、私は働き続けていました。 今振り返ると、「なぜあのとき辞めなかったのか」と思うことがあります。ただ、当時の自分には、それをうまく説明…
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出向先の責任者(=軍曹)は、絶対的な存在でした。それは出向している私たちだけでなく、出向先の部署内でも、そのような立ち位置であることを感じていました。 軍曹からの指示は、最優先で対応するものとされており、断ることはほとん…
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修羅部署での業務は、出向先の先輩(=しごでき先輩)と、概ね半々で分担されており、状況に応じて互いにフォローする体制でした。 担当の分担としては、出向先の責任者(=軍曹)の仕事は、主にしごでき先輩が対応し、それ以外の担当者…
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年に2回、賞与前に面談がありました。出向前に所属していた部署(=元部署)の課長(=保身課長)との面談です。査定の話自体は15分ほどで終わり、残りの時間は「最近どう?」という言葉から始まります。 出向して1年目は、大変だと…