顔色をうかがう、こども時代

小学校4年生くらいまでは感じなかった感覚です。
それまではそのままの自分でいられていたと思います。

ただ、小学校5、6年生くらいから徐々に、
「嫌われないように」「仲間外れにされないように」そんなことを、
無意識に、でもどこかではしっかりと意識していたように思います。

弟に負け続けた劣等感。頑張っても褒めてもらえない悲しさか、
はっきりとした理由はわからないけど、
どこかで自分に自信がなくなってきていたんだと思います。


おにごっこ

私も足が遅いわけではない。
むしろ短距離走は、少しながらも自信がありました。
でも周りの友達は私以上に足が速く、追いつけなかった。

ようやく鬼を代われたと思ったら、すぐ狙われてまた鬼になる。
適度に追いかけられて、でも逃げ切れる。適度な的だったと思います。

笑われるし、からかわれるし。
数少ない自信のあることでも、勝つことができず、
やっぱり自分はダメなんだって。


バラエティ番組

みんながバラエティ番組やドラマの話で盛り上がっていても、
テレビを見せてもらえなかった私は、話についていけませんでした。

「友達が見てるし、自分も見たい。」
親にお願いしたこともありましたが、見せてもらえませんでした。

だから、別の子から聞いた内容を、
見たかのように話して輪に入ったこともありました。

知っていたかのように話すことに抵抗はあったと思います。
それでも、盛り上がっている輪の外に出るよりは、
そのほうがましでした。


友達と遊んでいても、仲間に入れてもらえること、
居場所があると思えること。
それが、自分の存在を保つ手段だったんだと思います。

別のグループに入れてもらえばよかったのに、
私はそのクラスの中心的なグループにいることが、
自分の価値だと思っていたのかもしれません。

だから、バカにされたり、からかわれたり、
いじられたり、何か言われても、
「やめてよ」「違うよ」「自分はこうだよ」とは言えませんでした。

その一方で、ほかの子がいじられているとき、
本当は嫌な気持ちになるとわかっていたのに、
私も一緒になって笑ったり、いじったりしていました。

今思うと、最低なことをしていたと思います。
ただ、いつもは少し下に見られているような感覚があったのに、
そのときだけは、そのグループの子たちと
同じラインに立てている気がしていました。

ちゃんと仲間でいられている、
そんな感覚でした。

周りに合わせることが、居場所を守る方法でした。
自然体でいられた記憶は、あまりありません。

とにかく、嫌われないように。
嫌われないように。


キャプテン

6年生のときに、キャプテンに指名されました。
すごいうまいわけでもなくて、なぜ自分がキャプテン?
○○くんの方が上手だし、そう思ったのを覚えています。

ただ、選ばれた以上はしっかりしないと、期待に応えないと。
そう思って頑張りました。
どんな風に自分が見られているか、
ちゃんとしている自分を見せれているか。


学級委員長

学校ではクラスの学級委員長もしました。
これも何で選ばれたのかよくわかりません。なぜ自分が?と思いました。

ただ、どちらも選ばれた以上はしっかりしないと、期待に応えないと。
そう思って頑張りました。


結局のところ顔色をうかがい、役を全うしようとしたというより、
怒られないように必死だったんだと思います。
嫌われない自分でいれているか、この感覚も強かったと思います。

最近、当時の私は「素直でよく言うことを聞く子だった」と言っていたと
耳にしました。

でもそれはきっと、なんでも「はい」と言う子だったからだと思います。

それは結局のところ、素直に従うことで波風を立てず、怒られず、
ただ自分を守るためだったのではないかと思います。

そして、従順に従うことで居場所があったり、頼られている、
ということが、自分の価値を認めてもらえているような
感覚だったのかもしれません。

よく言えば素直。
悪く言えば、使いやすい。

この「使いやすい」は、社会人になってからも
私を苦しめることになります。