順調に見えていたけど―重なる環境の変化②―

任されプロジェクトに移ってから数か月。

本命プロジェクトに戻る約束が守られない憤りや、
自問自答に対して答えが出ないこと。

気持ちの負荷から寝付けないくなっていき、数年振りに通院することを決めます。


前回(修羅部署在籍時)とは違う病院に通院することにしました。

病院を変えた理由は、
急に行かなくなったことを根ほり葉ほり聞かれるのではないか、
怒られるのではないか、という怖さや気まずさがありました。

あとは診察の中で感じる、どこか話づらい感覚があったことなどです。

今回の先生は柔らかい雰囲気で、とても話しやすかった記憶があります。
もちろん、前の病院の先生が悪かったという意味ではありません。
私には、こちらの先生の方が合っていた、という表現が正しいと思います。

今回も薬が処方されました。
ですが前回と違い、就寝の補助や、食欲を促進するような薬だったと思います。
薬の説明を聞いて、「前回ほどの状態ではないのかもしれない」
と少し安堵したのを覚えています。

この後も、月一回のペースで通院を続けました。

この通院は、必ず土曜日にしていました。
平日に通院することもできましたが、忙しい中で残業せず帰ること
に申し訳なさがありました。
また、通院していることも周りには知られたくありませんでした。
できるだけ今まで通り働いているように見せようとしていました。


その後も本命プロジェクトに戻れないまま、月日が流れていきます。

通院を始めても、仕事は今までと変わりませんでした。
残業も続けていましたし、周りから見れば何も変わらなかったと思います。

本命プロジェクトに戻りたい気持ちは常にありましたが、
この任されプロジェクトを最後までやり遂げたい、そう思っていました。

途中から入ったプロジェクトではありましたが、
取引先の担当者とも少しずつ関係を築くことができ、業務も大きな問題なく進んでいました。

不安を抱えながらも、任された仕事として、
このプロジェクトをやり遂げたいという気持ちは強くありました。


任されプロジェクトに移ってからもうすぐ1年になろうかという頃、
係長(=割切係長)に「話がある」と言われ、会議室に呼ばれました。

私は、本命プロジェクトに戻れるのかな、そう思いながら足を運びました。
ですが、内容は全く違うものでした。

別チームのプロジェクト(=過酷プロジェクト)へ移ることを、
告げられました。

とても大変な状況で人手がないこと。
明日らからでも入ってほしいこと。
本命プロジェクト、任されプロジェクトと業務の内容は同じでも、
アプローチの仕方が全く違うということ。

淡々と説明されました。

はたから見ても大変そうなプロジェクトで、常にバタバタしていました。
私が数時間残業して帰る頃でも、まだ多くの人が残って仕事をしていました。

そのプロジェクトを担当することになりました。
わずか一年足らずの間にプロジェクトを転々とする結果になり、
この異動には正直、心が折れました。


割切係長に言われた通り、次の日から、
私は過酷プロジェクトに入ることになりました。

急な異動だったため、十分な引継ぎをする時間はありませんでした。
同じフロアにいることもあり、分からないことがあれば聞けばいい、
そんな雰囲気だったのだと思います。