心が壊れた後のこと ―あの日のこと―

前回の記事でも書いた通り、この頃の私は普通に働けていました。

任せてもらえる仕事も増え、新しいこともたくさんありました。
大変ではありましたが、海外上司(後に海外赴任する日本人の上司)には、
いろいろな場面で気にかけてもらっていたように思います。

今でも印象に残っている出来事がいくつかあります。


目を通してもらえること

私が作成した資料には目を通してくれていました。

それに対して、
良いものは良い。
ダメなものはダメ。

ですが、頭ごなしに言われることはありませんでした。

なぜ良いのか。
どこが足りないのか。

そういったことを一緒に考えさせてくれました。

正解をそのまま教えてもらった記憶はあまりありません。
答えではなく、考えるためのヒントをもらっていたように思います。

大変ではありましたが、自分で考えることができ、
考えて出した結果は、今でも経験として残っています。

そして最後には、

「よし、これでいこう」と押してくれました。

当時の私は、まだ良い悪いを判断するだけの経験や知識を十分に持っていませんでした。
だからこそ、自分なりに考えた結果に対して、
その場で判断してもらえることはありがたかったです。

甘えのようにとれるかもしれません。

ただ、自分の考えを出し、それをしっかり見てもらえる。
だからこそ、仕事の対して少しづつ自信を持つことができたのだと思います。

今の仕事で活きていることの多くは、この頃に経験したものです。


お互いが楽しく働けるように

この頃、仕事を誰かに依頼する機会も増えてきました。

当時の私は、

なかなか理解してもらえないな。
自分の思った資料にならないな。
なぜ内容を分かってもらえないのだろう。

そう思ってしまうこともありました。

ですが今振り返ると、自分の考えをうまく伝えることができておらず、
技量が足りていなかったことも原因だったと思えます。

当時は成果にばかり目がいっていたと思います。
今になって思うのは、成果だけではなく、
人との関係も仕事の一部だったということです。

海外上司の仕事を見ていて印象に残っていることがあります。

一度こんなことを聞いたことがありました。

「すごく字がきれいで、内容も丁寧に書かれますよね」

それに対して返ってきた言葉が、

「丁寧に書いて自分の意図がしっかり伝われば、
間違いや認識のずれも減るしね。お互い楽しく仕事したいよね」

というものでした。

この「楽しく仕事をする」という言葉の本質を理解するまでは、
和気あいあいと働くことなのだと思っていました。

ですが、仕事を続ける中で、
この言葉のとらえ方も少しずつ変わっていったように思います。

相手に伝わるように考えること。
認識のずれをなくすこと。
相手が仕事をしやすいように考えること。

その積み重ねが、お互いに気持ちよく仕事ができることにつながる。
それが海外上司の言う「楽しく」だったのだと思います。

そして、その考え方は私に対しても同じだったのだと思います。

そうやって私に対しても接してもらえていたからこそ、
私は安心して仕事に向き合うことができ、
普通に働けていた理由の一つだと思います。


求められる完成度は同じではないこと

当時の私にとって海外上司は完璧な人に見えていました。

妥協をしない人。
常に正しい判断をする人。

そんなイメージを持っていました。

ですがある時、
「まぁいいっか」
そんな言葉を聞いたことがあります。

当時の私は少し驚きました。
「もっと良くできそうなのになぜだろう」
そう思っていました。

ですが、それは妥協ではなく、
求められる完成度の捉え方が、私とは違っていたのだと思います。


求めればもっと良くなる。
でも、その仕事に求められる役割は果たせている。
だから、そこで止める。

どこまでやるか。
どこで止めるか。

当時の私は、その判断の基準をまだ自分の中に持てていませんでした。
だから、すべての仕事を自分が思う完成形まで仕上げなければいけない、
そう思っていました。

今でも「まぁいいか」をうまくコントロールできない部分はあります。

これでいいのだろうか。
もう少しこうした方がいいのではないか。
そう思うこともあります。

ですが経験を重ねることで、
自分なりの判断基準は少しずつ養われてきたように思います。

そして、この時の記憶があることで、
今でも行き過ぎそうな自分を少し落ち着かせてくれることがあります。


何気ない声かけ

仕事以外でも印象に残っている出来事があります。

ある日、定時も回ったころに社内回覧を見ていました。
裏表紙にはビールの広告が載っていました。

私がその広告をぼーっと眺めていると、
後ろの席の海外上司が、

「うまそうだな、よし、飲みにいこうか」

と声をかけてくれました。

本当に些細な出来事だと思います。
私はただ眺めていただけです。
なので、何か見てるな、くらいで終わる場面だと思います。

飲みに行った時に何を話したのかは覚えていません。
ですが、声をかけてもらえたことは今でも鮮明に覚えています。

それだけ、声をかけてもらえたことが嬉しかったのだと思います。


当時は深く考えませんでしたが、
自分のことを見ていてくれたのだと思います。

今、自分も後輩と接する立場になりました。

だからこそ思います。

相手の変化に気付くことは簡単ではありません。
仕事のことだけを見るのではなく、その人自身を見ること。
言葉にすると簡単ですが、実際は難しいことだと思います。

それでも、この頃に受けた接し方は今でも自分の中に残っています。

そして、私もそうありたいと思っています。