心が壊れた後のこと ―再び出向先へ―

再出向は月曜日からでした。

前の週の金曜日、
月曜日からすぐに仕事ができるように準備をしました。

荷物をまとめ、出向先(=修羅部署)へ向かいました。

修羅部署のフロアに入ったとき、「来週からまたここで働くのか、、、」
脈を打つのがわかるような、なんとも言えない感覚に襲われました。

荷物の移動や席の準備はそれほど長い時間ではありませんでした。
ですが、気にしないようにしようとしても、周りの目は怖かったです。

翌週から休暇を取る予定だった出向先の先輩(=しごでき先輩)も、
手伝ってくれました。
そして最後に、
「申し訳ない、1か月だけよろしくお願いします。」と託されました。


再出向の前日の日曜日、

「明日からか…」

という怖さや胸騒ぎがありました。

朝の通勤路は、嫌でもあの日々を思い出させました。

それに加えて、心を壊して急に帰った自分は、
どう見られるのか、という怖さがありました。

「1か月だけだ、大丈夫」

そう自分に言い聞かせ修羅部署へ向かいました。。


修羅部署のフロアに着き、自席に座りました。

実は私が一度出向していた時から責任者(=軍曹)が変わっていて、
当時私に仕事を依頼してくれていた方が、
新しい責任者(=新責任者)になっていました。

始業後すぐに、新責任者・海外上司・私を含めて話をしました。

開口一番、新責任者が「大丈夫?元気にしてました?」

急にいなくなって何を今更、と思われているかもしれない、
そんなことを思っていた私にとっては意外にも感じた言葉でした。

出向先から元の部署へ戻っていたことを、
ずっと気にかけてくれていたことを、後から聞きました。

その後、席を回って挨拶をしたときも、多くの人が

「おかえり」「大丈夫だった?」

と声をかけてくれました。

ただ、当然ながら全員がそういう空気ではありませんでした。

露骨に「なに?」「戻ってきたの?」という空気を出している人もいて、
それは痛いほど感じました。

直接仕事で関わることがないものの、
そういう空気を感じながら過ごすのは、やはり心苦しさがありました。


その日はお昼前から業務に入りました。

期間が空いていたので少し不安もありましたが、
不思議なもので業務の感覚は覚えていました。

当時は大変ながらも、仕事に対して真摯に向きあえていたんだなと、
思えました。


修羅部署は、当時と体制や空気感も、少し変わっていました。

納期については相変わらず厳しいものはありました。
ですが、当時のように深夜残業が当たり前のような感じもなく、
業務の進捗に対しても細かなフォローがありました。

担当者同士での調整もされていて、
より業務に集中できる環境になっているように感じました。

自分自身が少し回復していたことや、
「1か月限定」という明確さもあったとは思います。

業務内容は同じでも環境が変わることで受ける負荷が、
ここまで違うのかと感じました。


とは言え、1か月の間、
自分の中に緊張感は常にありました。

期間中、何度か当時のことがフラッシュバックして、
動悸がしたり、頭がふっと白くなるような感覚になることもありました。

「やっぱりまだ前の自分に戻っていないんだ」

1年以上たっていても、当時のことは頭から消えていないことを、
そのたびに嫌でも思い知らされました。

ですが、以前のような吐き気や頭痛に見舞われることなく、
1週間、2週間…と過ぎていきました。


最終日の夕方。

席を明け渡すための片付けをしました。

挨拶周りをすると、

「このままいてもらってもいいのに」

と声をかけてもらうこともありました。

こんな自分でも力になれたのかな?って少し思うことができました。

自分の中で、ようやく1か月終わった、やり切ったという気持ちと、
ダメな自分と思っていたのが、1か月頑張れた、
という小さな自信を持てた気がしました。

自社(=現部署)に戻ると海外上司が、

「おかえり、よし今日は飲みにいくか」

と迎えてくれました。


翌週から、現部署で再出向前の業務に戻りました。

この私の再出向を機に、修羅部署の業務の一部を、
現部署で受けることになりました。

修羅部署の業務の性質上、出向して対応するのが当然とされていて、
今まではないことでした。

それでも、私(=ぜん)なら場所が離れていても問題ないだろう、
という判断だったようでした。

最初に出向したとき、ただ頑張って、勝手に自分が壊れてしまって、
何も残らなかったように思っていました。

でも、そうではなかったのかもしれません。

真摯に仕事に向き合っていれば、
見てくれていた人はいたんだな、そう思いました。